リーダーシップの欠如とは

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リーダーシップの欠如、決められない政治への不満の声が高まって久しいですが、
最終的には国民一人一人への責任と見るべきものと考えます。
民主主義とは期限つきの独裁制だという言葉がありますが、「独裁」という言葉を
権力の集中度合いという意味で使うならばその通りだと思います。
そして、それはリーダーシップという観点から見れば、必ずしも悪いことではないと思います。
本来の独裁とは、例えば言論の自由がなく、異論を述べることができないなどにより
「交代不能」になっている状態を指すのだと思います。
これはけして過去の遺物などではなく、中国・北朝鮮・ベトナムなどに今でも残る現実です。
異論を述べることが許され、投票などにより交代を促すことができれば、それはけして独裁
ではありません。
のも関わらず過去の小泉総理の時のように、選挙の大勝を背景にして、強大な権力を保持
し、大胆な決断を行っていく、このような状態を独裁と定義して非難する人が必ず出てきます。
独裁=悪いことだと99%の日本人は思っていると思われます。
「悪いこと」と思っていないなら、もっと別の言葉を使うはずです。
つまり、「独裁的な手法」=一人の人間が主導的に物事を決めていくのは良くないと考えている
のではないでしょうか。
しかしこれは、言葉を変えれば「リーダーシップ」と呼ばれるものだと思います。
総選挙での投票行動は実質的に総理大臣を選ぶ行動に直結します。
しかしながら、多くの有権者は自分が投票した政党の党首に、4年間総理を任せますといった
覚悟はほとんどないように思えます。
とりあえずやらせて見て、気に入らなかったら1年くらいで文句を言って交代させればよいといった
ある種の軽い気持ちがあるのではないでしょうか。
選挙制度改革・一票の格差の是正といったテーマは重要ですが、それ以上に世論がもたらしている
政治の現状というのもあるように思えます。
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