野田さんが「近いうち」に関して 、最初からだます意思があったのかは分かりませんが、仮にあったとしたらウソになってしまいますね。
間違い・ミスは誰にでもありますが、ウソは誰にでもあるわけではありません。
加えて次元の違う所もあります。つまり根本に悪意がある点が重大です。
政治活動はさまざまな手段で、国民生活の幸福向上を図るという目的があると思います。
幸福の定義は何か、実現のためにはどのような手段が最適か。答えはさまざまですが、自分なりの信じる答えを元に実現を目指します。
動機として、公共への「善意」が求められます。
逆に権力を利用してお金を儲けたいとか、敵対者を貶めたいとか、動機が悪意である場合、その人がどんなに優秀であっても、国民の幸福を実現することはできないと思います。悪意は人を幸せにはできません。
例えば政治家同士で政党が異なったり、与野党間などの間柄であっても、一種の同じ職場の同僚です。
議論の展開によって、憎らしく思ってしまうことは多々ありそうですが、むき出しの悪意で接することは、健全ではありません。
互いに認めあう点は認め合って、議論だけはしっかり戦わせていくというのが、健全なあり方だと思います。
もちろんの事、身近な人間に対しても同様です。
近い立場の仕事仲間やご近所さん、友人や家族など身近な人間に対して善意をベースとした健全な接し方ができることが、全うな政治活動の原点になるのだと思います。
家族や友人などを守れない人間は街や国を守れません。
「仕事を成し遂げる為には家族などを犠牲にしても仕方がない」という考え方があるのは承知してますし、それがあてはまる職業もあるかもしれません。しかし政治家という職業に関しては当てはまらないと考えます。
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