現在は単なる将来への「途上」ではない

何か大きな目標ややりたいことを明確に持つのは、とても大事なことです。

しかし、同時に未来にばかり目を向け、現在の自分や今行っていることは、その目標に向かう単なる途上、仮の姿に過ぎないと感じるとしたら実につまらない人生になるなあと最近よく思います。

山登りの過程は、そのすべての瞬間が楽しみであり、ヘリコプターで一気に頂上に到達できればそれで満足というものではありません。

また、現在は未来のための単なる途上でしかないとしたら、仮に急な事故や病気等で目標に到達できなくなったとしたら、積み重ねた「途上」はすべて無価値な人生となってしまいます。

 

結局自分自身の感じ方なのでしょう。

周囲の状況や自分の今行っていること自体は、客観的には変わりません。

しかし、いつも未来ばかり目を向けて、不十分な仮の姿でしかない現在の自分に常に不満を思えながらイライラ生きるのと、今この瞬間を楽しみ、感謝し、その積み重ねで結果的に目標に到達することもあるかもしれない(到達できないかもしれない)と考えるのでは、まるで見える景色が変わってくる気がします。

客観的な行為は変わらなくても、自分の感じ方を変えることは自己完結いくらでもでできる。

過去にどんなことがあろうと、現在の自分が行うことに対して何ら制約となるものではないし、未来にどんな目標があろうと、現在を楽しんではいけない理由にならない。

最近そんなことを良く考えます。

 

 

 

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この記事の著者

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

誕生日:1977年9月20日
居住地:茨城県守谷市
学歴:つくば市立 茎崎第3小学校→守谷市立けやき台中学校→江戸川学園取手高等学校→立教大学文学部
趣味:読書、洋画鑑賞、犬の散歩、美味しいラーメン店の探索

2012年3月より、守谷市議会議員として市政に携わる

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