敬語について

日常雑感です。

ある知人は、基本的に誰に対しても敬語で話すようにしているそうでして、話している相手が年下だと分かった途端に口調が変わったりするのには甚だ違和感を感じるそうです。

私もよほど親しい人以外に対しては敬語な場合が多く、「堅い」と言われることもあります。

まず年長者に対しては敬語を使うべきだ、ここに疑問は感じません。

ですが、同時に年下に対しては必ずタメ語を使うべき、言うまでもなく年下の人間が自分にタメ語を使うことを許してはならないとなると違和感が生じます。

なぜかというと、相手の素性に応じて口調を露骨に使い分けるのは、何かしらの基準(例えば年齢)に即して、人間関係に上下をつけることを重視しており、そこに共感できないからではないかと感じました。

2人の人がいたら、どちらが上でどちらが下でなければならない。その実現手段として敬語の使い分けがされているとしたら、敬語の持つ礼節の意味も空虚になってしまうように感じます。

要するに、上下関係至上主義者が年長者に対して敬語を使って敬う態度を見せるのは、いつか自分が年長者になった時に「自動的に」敬われたいという利己的なものが背後にあり、純粋な礼節や敬意によるものとは限らないのではないか。

そうでなく、あくまでも自然な敬意から敬語が生まれるものだとしたら、相手の素性が分かった途端に露骨に態度を変えたりはできないと思うのです。

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この記事の著者

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

誕生日:1977年9月20日
居住地:茨城県守谷市
学歴:つくば市立 茎崎第3小学校→守谷市立けやき台中学校→江戸川学園取手高等学校→立教大学文学部
趣味:読書、洋画鑑賞、犬の散歩、美味しいラーメン店の探索

2012年3月より、守谷市議会議員として市政に携わる

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