都合の悪い結果でも、それもまた「国民の良識」

昨日の参院選の結果を受けて、ある当選した候補者の方や応援している方から「民主主義は生きていた」とか「国民の良識の勝利!」といった叫びがいくつか見られました。

何か調子の良い感じがしますが、その方々が落選していたとしたら、どのように反応するのでしょうか。

その場合、それはけして民主主義や国民の良識ではないのですよ。そんな本音が背後にあるような気がします。

 

〇〇をするは判断ですが、〇〇をしないというのもまた判断です。

仮に、ある候補者が落選したとしても、その方を落選させて他の候補者を当選させる。それもまた民主主義であり、国民の良識、積極的な一つの正解であるはずです。

それを受け入れずに、民主主義や良識=自分の当選と考えているとしたら、国会議員という民主主義の担い手の最前線としては不適格に思います。

「自分の意見だけが正しいわけではない」「他の人の意見も尊重しなければならない」。あまりに当たり前の話です。

もし、国民は衆愚なので正しい結論を出せない。よって、自分の主張する正しい意見に従うべきと考えているのなら、選挙に出ずに、暴力革命の準備をした方が合理的です。

 

印象ですが、普段から政敵を攻撃する際などの表現に、「民主的に~」とか「国民の声を聞くべき~」などなど言っている人に限って、実際には民主主義=他人の意見も正しいかもしれないという発想が無い例が多いような気がします。

根本的な所で、他人の意見への敬意が無いが故に、気軽に民主主義、国民の良識と言った、本当はとても重い言葉を気軽に使えるのかもしれない。そんなことを考えました。

 

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この記事の著者

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

誕生日:1977年9月20日
居住地:茨城県守谷市
学歴:つくば市立 茎崎第3小学校→守谷市立けやき台中学校→江戸川学園取手高等学校→立教大学文学部
趣味:読書、洋画鑑賞、犬の散歩、美味しいラーメン店の探索

2012年3月より、守谷市議会議員として市政に携わる

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