「私事」と「公」どっちを優先するか

色々もっともらしい正義を唱えているけど、要するにそれって「私事」ではと思う事がよくあります。
 
政治の世界において、例えば議長を誰にすべきか、委員会の委員長を誰にすべきかなど、本来はそれらは、議会全体としてどんな体制に繋がるのか、またはどんな政策を実現できるかなど、ひたすら「公」の話になるはずなのです。
ですが、実際には狭い政治の世界内部での人間関係を主軸とした、貸し借り関係、親分子分関係、義理の関係を基に決められることが多くあります。
 
貸し借りや義理を大切にすること自体は全然間違っていないと思いますし、当人にとっては優先順位の高い話なのでしょう。
問題は、街全体を見渡した「公」の話とどっちが優先されるのかという事です。
貸し借りや義理の関係はとても大切ですが、「私事」に過ぎません。
そしてそんな「私事」を、街全体を見渡した「公」の話よりも優先する政治家が、結構多く見られるように感じています。
つまり「公」にとってはマイナスだろうと、当人は理解しているにも関わらず、それでも義理など「私事」を重視して採決における態度などを決める場合です。
 
そうだとしても、選挙の時などにおいて、「あくまで私は私的な貸し借りなど人間関係を最優先にして活動します!」と堂々と言っているならまだ分かるのですが、どんな政治家でも、選挙の際にはあくまで「公」を優先しますと唱えます。
そんな本音と建て前のギャップが見抜かれると、一段と政治不信が募るのだろうと、よく考えたりもします。
 
 

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