守谷市長選挙公開討論会を見学に行ってまいりました

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守谷市長選挙の公開討論会を見学に行ってまいりました。

クロストーキング形式のディベートもありましたが、やはり時間の制約もありますので、とことん追求する形にまでできないのはやむを得ないのかなと。

各候補者の考え方や政策をすべてではないにせよ、知る機会としては非常に良い場だったと感じます。あとは我々有権者がどう咀嚼して受け止めるかだと思います。

細かい話も色々出ましたが、個人的に首長という存在の根本といいますか、求めたいと思う基本的な姿勢を2つほど感じながら聞いていました。

 

①首長=リーダーだが、最初に命令する存在ではない

首長に街の将来像へのビジョンが求められるのは当然です。

しかし、これは守谷市をこれからどのような街にしていくか、首長が「命じて」市民が「従う」という構図を意味するものではありません。

今日の討論会でも、駅前の土地利用の話から、日常的な地域での近所との交流促進の話など出ました。

しかし例えば、民有地の所有者に対してこういう土地の利用をしなさいと市が命ずることはできません。わが国は中国とは違います。

また、日常的に近所のお宅を尋ねなさいと、市民に日々の行動を命ずることはできません。北朝鮮でもそこまではできないでしょう。

 

街の将来像は市民の自由な選択、日常の行動の延長線上にあります。

まずそこが最初で、それを受け止めて、その次に税金の公平な使い道、政策の優先順位を考えて判断をしていく。

そこが首長をはじめ政治的な機能のあり方であり、強権的な水戸黄門のような存在が最初に命じて、そこから始まる作る街づくりなど、民主主義の対極にあるものだと信じます。

トップダウンではなく、ボトムアップこそが守谷のスタイルです。

何か首長否定のようにも聞こえるかもしれませんが、ある程度はまさにその通りです。最初に街の将来を決めるのは市民である。それこそがまさに「市民ファースト」です。

 

②やりますやりますの裏で失われるもの

討論会もやはり選挙対策みたいな側面もありますので、どうしてもあれをやります、これも新しく始めますの羅列になりがちだなと思いました。

しかし、人口減少社会を前提にする限り、やります始めますの裏には、他の事業を辞めます、ないしは税金が上がりますが必ず出てくるはずです。

どんな種類の事業を辞めるべきか、または増税してまで新規事業をやるべきと考えているか、今日の討論会ではそういった話はほとんどありませんでした。

しかしこれからは、「何を辞めるか」がより重要になってくる時代です。

選挙の際にも、そこを勇気を持って話せる人が首長になってほしいと感じますし、多くの市民の方にもそこを見てほしいと願います。

やりますやりますだけで、財源の確保とそれを支える市民負担の痛みを想像しなかったとしたら、それはただの無責任な扇動に過ぎません。

 

 

 

 

 

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この記事の著者

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

誕生日:1977年9月20日
居住地:茨城県守谷市
学歴:つくば市立 茎崎第3小学校→守谷市立けやき台中学校→江戸川学園取手高等学校→立教大学文学部
趣味:読書、洋画鑑賞、犬の散歩、美味しいラーメン店の探索

2012年3月より、守谷市議会議員として市政に携わる

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