忖度する「方向」

最近テレビ報道などでよく使われる「忖度(そんたく)」という言葉ですが、改めて意味を検索してみると、「他人の気持をおしはかること。」という事でした。

この意味だけ見ると特に悪いことには思えません。

具体的に市政の事に落とし込んで、「市民の気持ちをおしはかること。」と受け止めれば、市政や行政の立場からすればそれはある種当たり前のこととも言えます。

 

問題となりうるのは、「特定の市民の気持ちへの忖度」が行われた結果ある政策が決定され、かつその政策に用いられる財源として寄付金やふるさと納税などではなく、すべての市民が負担する一般財源が使われる場合と考えます。

すべての市民が守谷市の財源への出資者である以上、公平に「忖度」が行われなくては不公平になってしまいます。

 

議会や行政の関係者にも、それぞれの立場における人間関係があります。

また首長と議会の間を見ても同じ市政というカテゴリーにありますので話をする機会も多く、普段から濃密な人間関係があるとも言えます。

議会、行政、民間問わず、たまたま近い関係にある方に対して、特に「忖度」をしたくなるのも人情かもしれません。

仮に特定少数の人であっても「市民の気持ちを忖度した」のは間違いありませんので、そこだけ見れば正しくも見えます。加えて、首長や議会の人間も市民の一人であるのは間違いありません。

 

しかし、トータルに財源を負担しているのは特定少数の市民だけではないという事実を忘れ、身近な人間関係の方向だけを向いて、そこの気持ちだけを忖度するだけで満足してしまったとしたら、それこそ議会不要論につながりかねませんし、民主主義の根本にダメージを与える話になってしまう話だと感じます。

「忖度」はよくありうる話だと思いますし、それ自体は悪いと言えない面もある。しかし、どちらを向いて「忖度」をするか、当事者の自覚がとても大事なのだろうと思います。

 

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この記事の著者

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

誕生日:1977年9月20日
居住地:茨城県守谷市
学歴:つくば市立 茎崎第3小学校→守谷市立けやき台中学校→江戸川学園取手高等学校→立教大学文学部
趣味:読書、洋画鑑賞、犬の散歩、美味しいラーメン店の探索

2012年3月より、守谷市議会議員として市政に携わる

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