私が理解できない事は、正しくないことを意味しない

始めて選挙に当選した直後に先輩議員から叩き込まれたことの一つが、当選した議員は全員がそれぞれの形で正しいと考えるべきという事でした。

今でもそうですが、普段の言動を見て、正直なところ意見の合わない、活動の価値が理解できない議員も市内外問わずいますが、その全員が1000票とか獲得してきているわけです。

 

他人の普段の活動や選挙活動の詳細は分かりません。

ただ、1000人規模の人に名前を書かせるだけの事はしてきているわけですから、民主制を前提とする限りは、それは少なくとも正解の一つであると考えるべきなのでしょう。

言葉を変えると、私が理解できないことは、正しくない、価値のないことの証明にはならず、私が理解できない手法、理解できない範囲で市民を幸せにしているのだと思います。

 

近隣にもいくつかある気がしますが、中央集権独裁国家でしたら、唯一の正しい意見を政府が決め、国民はその意見に従うか、従わない国民は排除されれば良いわけで、ある意味純粋で分かりやすいとも言えます。

仮に、自分が理解できない1000票などを否定することしかできないとしたら、やるべきは選挙に立候補することではなく、武力革命でもして自らが独裁者になることであり、自分が決めた唯一の「正しい意見」を市民に強要するしかないのだと思います。

 

私が最初に選挙に出ようとしたとき、少なくとも直接は立候補を妨害しようとするような圧力はありませんでした。

また、数多く市長などを批判する言動を議会内外で行ってきましたが、行政職員も同僚議員も皆、内心はどうかわかりませんが黙って聞いてくれました。

私の事も、少なくとも正しさの一つではあると見てくれていたのだと思います。振り返って、とてもありがたく思います。

 

 

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この記事の著者

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

誕生日:1977年9月20日
居住地:茨城県守谷市
学歴:つくば市立 茎崎第3小学校→守谷市立けやき台中学校→江戸川学園取手高等学校→立教大学文学部
趣味:読書、洋画鑑賞、犬の散歩、美味しいラーメン店の探索

2012年3月より、守谷市議会議員として市政に携わる

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