故意とミスは明確に分けるべきです

http://www.excite.co.jp/News/society_g/20141002/Asagei_26743.html

2014年10月2日 09時56分 (2014年10月2日 20時30分 更新

朝日新聞社社長の謝罪会見の翌日、全国紙の1面トップは、この話題で埋め尽くされた。「朝日『東電撤退』記事を謝罪」(読売新聞)、「朝日社長、誤報認め 謝罪」(毎日新聞)、「『命令違反で撤退』取り消し」(産経新聞)‥‥。本当に鬼の首を獲ったかのようなバカ騒ぎをしていいのか? そこで、朝日以外の主 要全国紙の「大誤報」を徹底的に研究。すると、出るわ出るわ。“伝説の山”なのであった。(以下省略)

 

誤報はいけませんし、間違ったら謝罪しなければなりません。

また、同じことが繰り返されないように、社内機構改革等が求められます。

確かに朝日新聞の誤報はその迷惑度において比類なきものがあると思いますが、「誤報歴」は朝日新聞だけでないのは多くの方が承知の通りで、また新聞報道から完全に誤報を無くすのは不可能に近いのではないかとも思います。

新聞報道はある程度タイムリーなものが求められますので、取材で確認した情報の断片を、ある程度は推測によってストーリー立てて繋げていくしかありません。

そして、その推測には個人の感覚や能力などによって、必ずミスやエラーがつきものです。

人間なのだから仕方がありません。

ミスやエラーをほぼ完全になくす手はあるにはあると思います。

それは、官庁発表資料などの伝達報道、「〇〇省はこう語った」的なものに徹し、一切の主観を入れないことです。

仮にミスがあっても、それは〇〇省のミスであって、発表をそのまま報道した新聞社に罪はないとすることができます。

しかし、そのような探究心も挟持も全くないものを「メディア」と呼ぶに値するのかと思います。

行動力のあるジャーナリストほど、仕事量に比例してミスをする確率は高まります。

国民の意識としてミスと故意は違うという認識は持ち、ある程度寛容にならなくては、ジャーナリストを萎縮させ、メディアを国民の手で殺すこのにもなりかねないように思います。

ちなみに一連の朝日新聞の件に関しては、単なるミス以上の悪質さがあると感じています。

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この記事の著者

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

誕生日:1977年9月20日
居住地:茨城県守谷市
学歴:つくば市立 茎崎第3小学校→守谷市立けやき台中学校→江戸川学園取手高等学校→立教大学文学部
趣味:読書、洋画鑑賞、犬の散歩、美味しいラーメン店の探索

2012年3月より、守谷市議会議員として市政に携わる

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