「何を言っているのか」と「誰が言っているのか」

カダフィ大佐(実は中尉だったそうです)が死亡したとのことですね。

それに関して思ったことを少し。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%A2%

(以下wikiより転載)

「国連で日本は米国に追随してばかり。もっと自由な意思を持たないといけない」

カダフィ氏は2009年に衛星回線を通じてこう発言したそうです。

具体的などのような例を指すのか分かりませんが、意見の中身の是非に関わらず、最終的に米国と同調しているか否か、それ自体を何よりも重視しているようにも聞こえます。

意見や提案の中身、つまり「何を言っているのか」が重要であって、「誰が言っているのか」は問題ではないはずです。普通は。あたりまえのことですね。

ですが、何かしらの確執、嫉妬などの負の感情に支配されると、その当たり前のことができなくなり、その人を見て、意見を聞く前から、賛否、態度を決めるようになってしまいます。

言うまでも無く、こういった態度は健全な議論を不可能にするものであり、世の中を歪める一因となります。

私自身の間違いなく、負の感情から逃れられない普通の人間です。

自戒せねばなりません。でもどうやって?

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この記事の著者

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

誕生日:1977年9月20日
居住地:茨城県守谷市
学歴:つくば市立 茎崎第3小学校→守谷市立けやき台中学校→江戸川学園取手高等学校→立教大学文学部
趣味:読書、洋画鑑賞、犬の散歩、美味しいラーメン店の探索

2012年3月より、守谷市議会議員として市政に携わる

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