教育委員会の歴史

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現在、各自治体の教育委員は、議会の承認を得て、首長により任命されます。
委員の資格として「当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者」とあり、
25歳以上の日本国籍保有者であることも要件です。

かつては、住民による選挙により選ばれていたこともあったようです。

・教育委員選挙の低投票率
・党派対立の持ち込み
・教職員組合を動員した選挙活動

こういった問題が生じ、1956年に選挙が廃止され、首長任命制になったとの事です。

選挙によると、党派や派閥による対立が先にたってしまうのは避けられないと思います。

よく思うのですが、国政の場において、与野党間で外交をテーマに無理に対立軸を
つくり論争するのはふさわしくありません。
外交方針は地勢的に決まる事が多いですし、過去の経緯・約束を守る事も大事です。
政権交代したから、今までの約束は無しとなっては、諸外国から信頼を得ることはできません。

これとある種同じように、「教育」というテーマも党派の対立軸を持ち込まず、与野党
関係なく取り組みべきことなのでしょうか。
少なくとも、それが先人の出した答えなのでしょう。

「長期的」な視野が必要であるという点は外交と共通する部分だとは思います。

しかしながら、任命制にしてしまうと透明性の点で劣る、どのような基準で選任されている
のかわかりにくいのが難点です。

・会議の公開の推進
・任命基準の公開
・委員構成の多様化

などにより、欠点を補う点が不可欠だと思います。

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