「改正するという決意」か「改正しないという覚悟」

昨日は憲法記念日でした。参院選の争点になりそうという観測もありますので、メディア等による世論調査や各種団体による講演会などが行われ、個人的にも色々と考えさせられました。

そもそもスタート地点から考えると、憲法や法律等何でもいいんですが、外国に占領されている時に制定されたものは、1952年以降に独立を回復した時点ですべて無効にすべきだったと思います。

条文の内容の良し悪し等とは関係ありません。そうでなければ全く「民主的」ではないからです。

 

とはいっても、先人たちを責める気にもなりません。

パリ不戦条約など第1次大戦後に発生し現在にも続いている「戦争の違法化」の流れ、わが国としても不戦条約の批准などしっかりとこれに乗り、これからは国際紛争解決のために戦争に訴えませんよという姿勢を公式にとっていながら、綿密な準備の上「真珠湾」をやってしまいました。

その代償として、日本はオフィシャルにウソをつく国で、まともな国際社会のプレイヤーではない。従っていくら話し合いをしても無駄なので、分割統治でも何でもして力を弱めるべきかというふうに見なされました。

そんな環境下でしたので、天皇制など国体を維持するだけで精いっぱい、とてもアメリカ製の憲法は無効にしますとは言えなかったのではないでしょうか。

ならば残された手は憲法改正しかないと、万難を排して当時の自由党と日本民主党が合同し、自由民主党を設立されたわけですが、すごく思いの込められた合同だったのではないかと思います。

 

個人的には、数十年間に渡って激変する時代のさなか、これからも一言一句変えない方が良いのだとする根拠は思いつきませんが、国民的議論を経てそう決められたなら、それは価値あることだと思います。

しかし、改正反対の意見の多くには、「与党の案には反対だ」といったリアクション的なものが多いように見え、時代の変化を踏まえたうえで、なお憲法全文に渡って変えないこと自体への信念とはまた違うような気がします。

結局私たちは何十年にも渡って、目先の選挙の有利不利から争点にすることを避けたり、もしくは政敵を攻撃するネタとして使うなどするばかりで、「改正するという決意」も「改正しないという覚悟」もすることができずに、ややこしいのでとりあえず結論を先延ばしにしてきたのではないでしょうか。

この現状は、先人たちからすれば、多分情けない事でしょう。

憲法改正というと9条がクローズアップされることが多いですが、例えば地方分権改革など、与野党の多くが一致できそうな論点は他にもあるように思えます。

少なくとも、与野党共に議論だけは山ほどしてほしいです。切に願います。

 

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この記事の著者

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

守谷市議会議員 すえむら 英一郎

誕生日:1977年9月20日
居住地:茨城県守谷市
学歴:つくば市立 茎崎第3小学校→守谷市立けやき台中学校→江戸川学園取手高等学校→立教大学文学部
趣味:読書、洋画鑑賞、犬の散歩、美味しいラーメン店の探索

2012年3月より、守谷市議会議員として市政に携わる

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